広島高等裁判所 平成元年(う)106号 判決
論旨は,いずれも,被告人は果物ナイフを携帯していたことにより現行犯逮捕されたが,そのきっかけとなった所持品検査は警察官が何ら質問することなく,また被告人の承諾なくしてナイフを取り上げた点において違法があるから,その逮捕,勾留中になされた自白に基づく本件常習累犯窃盗罪による逮捕,勾留もまた違法であるところ,このような違法な逮捕勾留中に作成された自白調書は証拠能力がないのに,これを証拠として採用した原判決には訴訟手続の法令違反があるというのである。
…中略…
所論は,警察官は,質問,応答等の会話が一切ない状態で,いきなり被告人の果物ナイフを抜くという実力行使に及んでいるが,当時警察官がこのような行為に及んだことを正当化できるほどの危険性,緊急性があったとは到底考えられない旨主張する。
しかしながら,本件所持品検査の対象物は果物ナイフという危険な物であったこと,被告人は当時刑務所を出所したばかりの暴力団組員と思料されている者であり,しかも早朝から上半身の入墨を誇示するようにして民家等をはいかいしていたこと,右果物ナイフはズボンの腹部のところに差してあったことなどからすれば,所持品検査をするに当たって警察官自身の生命身体に対する危険性がなかったとはいえず,その意味で本件のような所持品検査をする緊急性があったというべきである。
所論はまた,原判決は,本件所持品検査の態様が被告人の意思を制圧し,その身体等に制約を加えてなされたものではないと判示するが,警察官2名が被告人のすぐ近くにちょ立し,そのうちの一人が無言のまま肩に手を掛けて身体に触るという行為は,被告人の不意を突き,正に被告人の意思を制圧したものである旨主張する。
しかしながら,原判決は,所持品検査の態様が例えば被告人の身体を抑えつけて果物ナイフを取り上げるといった場合であればともかく,本件のようにズボンの腹部のところに差してあった果物ナイフに手を触れて瞬時に引き抜くにすぎないような場合は被告人の意思を制圧しているとはいえないと述べたもので,右判断自体必ずしも不当とはいえないのみならず,仮にこの点が所論のとおりであるとしても,原判決は,有形力の行使といっても右の程度であれば軽微であり,この点を,本件所持品検査が許容される限度を著しく逸脱していないことの理由の一つとして示すため,前記の点を説示したもので,重要なのは正にこの点であって,ズボンの腹部のところに差してあった果物ナイフに手を触れて瞬時に引き抜く行為が被告人の意思を制圧しているといえるかどうか自体はさしたる問題ではないというべきである。所論は採用できない。